大判例

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東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)124号 判決

原告

池田寛

右訴訟代理人弁護士

柳原武男

同 弁理士

斎藤侑

被告

株式会社中日産業

右代表者

渡辺康正

右訴訟代理人弁護士

網野久治

同 弁理士

渡辺勤

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実および理由

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は「特許庁が昭和四七年七月一三日同庁昭和四二年審判第九二九〇号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二争いない事実

一、特許庁における手続の経緯

原告は登録第七六九二〇一号実用新案「パチンコ球用計数器」(以下「本件実用新案」という。)の権利者である。本件実用新案は昭和三八年二月二〇日に登録出願され同四〇年五月二二日登録されたものである。ところで被告は同四二年一二月二〇日特許庁に対し、原告を被請求人として本件実用新案につき登録無効の審判を請求し、同年審判第九二九〇号として審理されたが、同四七年七月一三日「本件実用新案の登録を無効とする。」旨の審決があり、その謄本は同年九月二〇日原告に送達された。

二、本件実用新案の要旨

複数個の歯1を形成する回転車2の一部分をパチンコ球流通樋3の中にのぞませ、該パチンコ球流通樋3の内側断面を角形としたことを特徴とするパチンコ球用計数器

三、審決理由の要点

本件実用新案の要旨は、前項掲記のとおりである。ところで、昭和三七年一月二九日に登録出願され同年一一月一三日に登録され、同三八年八月七日意匠公報に掲載された意匠登録第二一九八九四号(以下「引用例」という。)には、本件実用新案と同一構造のパチンコ球用計数器が示されているものと認められる。そして、引用例の意匠公報は、本件実用新案の出願前に頒布されたものではないが、意匠法第六三条に規定されているように、意匠が登録されれば自由に第三者の閲覧が許されるので、引用例は本件実用新案の出願前に公然知られたものと認められる。したがつて本件実用新案は実用新案法第三条第一項第一号に該当し、その登録は同法第三七条第一項第一号の規定により無効とすべきものとする。

四、本件実用新案と引用例との同一性

本件実用新案と昭和三七年一一月一三日に登録され、同三八年八月七日意匠公報として刊行された引用例とはパチンコ球用計数器として同一構造のものであり、同じく原告が出願したものである。

五、パチンコ球用計数器としての公知部分

複数個の歯を形成した回転車の一部分をパチンコ球流通樋の中にのぞませることは公知であつた。

第三争点

一、原告の主張(本件審決を取消すべき事由)

本件審決は、本件実用新案を公然知られた考案とした点に判断の誤りがあり、違法であつて取消されねばならない。

(一)  引用例は公然知られたものではなかつた。

本件実用新案出願前には引用例を掲載した意匠公報は刊行されておらず、意匠として登録されていても実際に意匠原簿を閲覧することはできない状態にあつたので、公開された状態にはなかつたものである。意匠法第六三条によれば、意匠が登録されると第三者は出願書類一切を自由に閲覧できることになつているが、実際上意匠の登録番号が判らなければ意匠原簿の閲覧請求をすることができず、したがつて公報の刊行までは事実上意匠原簿の閲覧は不可能である。

(二)  引用例は技術的理解の対象ではなかつた。

かりに引用例が本件実用新案出願前公開された状態にあつたとしても、外観の意匠の写真にすぎず、内部構造の把握は不可能なものである。したがつて、これから本件実用新案のパチンコ球流通樋・回転車の存否、その回転方法など全体の構造、特に最も重要な特徴である流通樋の内側断面が角型であるかどうかは絶対に感得が不可能であつた。

二、被告の答弁

原告の主張は失当であり、本件審決に違法はない。

(一)  公然知られた考案であつた。

意匠法第六三条によれば、意匠権の設定登録があつたときは何人も、証明、書類の謄本もしくは抄本の交付、書類、ひな形もしくは見本の閲覧もしくは謄写などができるようになつており、意匠原簿などから登録番号を調査し、その登録番号によつて閲覧申請するなど、適当な方法にしたがうならば実際に閲覧可能なものである。

さらにまた意匠法第七三条は、当然のことながら権利設定後は意匠の内容につき特許庁職員が黙秘の義務を免除されることを示している。したがつて意匠権設定登録後は特許庁職員も黙秘の義務を有しないいわゆる不特定人として出願書類などの保管をしているものであり、他の職員も自由に閲覧できるのであるから、一般公衆が現実に閲覧したことの立証がなくとも、その意匠は公然知られた意匠と認めて差支えない。

公然知られるとは、一般公衆が現実に知つたことはもちろんのこと現実に知つたか否かにかかわらず、一般公衆が知り得る状態におかれたことを含むものであつて、引用例は公然知られたものであつた。

(二)  引用例から構造がたやすく把握できる。

引用例によれば、その正面図・平面図に、複数個の歯を形成した回転車の一部分をパチンコ球流通樋の中にのぞませた点が明かに示されており、底面図と側面図とを比較検討すれば一層この点は明瞭となる。

またパチンコ球流通樋の内側断面を角形とした点も底面図に明かに示されており、これを平面図、正面図、背面図および右側面図、とくに平面図と比較対照してみれば一層明らかに示されているものといえる。

そして本件実用新案は引用例と同一構造なのであるから、そのパチンコ球用計数器としての構造は引用例によつてたやすく感得されたものであり、まさに公然知られた考案というほかはない。

第四証拠〈略〉

第五裁判所の判断

一公知性について

引用例は昭和三七年一一月一三日に登録された意匠であるが、本件実用新案が登録出願された同三八年二月二〇日にはその意匠公報は刊行されておらず、その公報が同年八月七日に及んで漸く刊行されたことは、当事者間に争いがない。

ところで、意匠法第六三条によると、意匠権の設定登録があつたときは、何人もそれに関し、証明、書類の謄本もしくは抄本の交付、書類の交付、書類、ひな形もしくは見本の閲覧もしくは謄写または意匠原簿のうち滋気テープをもつて調製した部分に記録されている事項を記載した書類の交付を特許庁長官に対し請求することができることになつている。また、意匠法第七三条は意匠権の設定登録後はその意匠に関し、特許庁職員に対し黙秘義務を免除していることが明らかである。ところで、成立に争いのない甲第六号証の一(原簿の閲覧の申請書用紙)、同第六号証の二(閲覧請求書)によれば、意匠原簿、出願書類などの閲覧のためには登録番号を特定して申請しなければならないことが認められる。しかしながら、弁論の全趣旨によれば、意匠原簿は各意匠の設定登録願に連絡して編綴されていることが明らかである。したがつて、登録意匠の権利者またはその登録を知る利害関係人などがこれを閲覧する際に同一編綴内の他の意匠原簿を見ることができることでもあるし、また前記のとおり既に黙秘義務を免除されている特許庁職員から検索したい品名に属する最新(公報未刊行)の意匠の登録番号を聞き出すこともできるわけである。それ故、第三者が意匠登録番号を知ることは、全く不可能であるとはいえない。したがつて、第三者が意匠原簿を閲覧することが不可能であるとはいえず、意匠原簿はすべて不特定の人のために閲覧可能の対象となつているといわねばならない。このことは、図書館・資料館などに保存されている文献、特に稀少な刊行物などを検索するには多大の困難を伴う場合があるけれども、これが閲覧可能の対象とされていることから見ても明らかであろう。このように、意匠原簿が閲覧可能であり、したがつてそれが公開されているものである以上、引用例は本件実用新案登録出願時において公然知られていたものといわねばならない。

二考案の把握の難易について

パチンコ球用計数器として、複数個の歯を形成した回転車の一部分をパチンコ球流通樋の中にのぞませる構造が公知であつたことは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない乙第一〇号証(昭和三四年一二月一九日出願・同三七年五月一七日公告にかかる実用新案出願公告昭和三七年第一〇四四五号公報)、同第一五号証(昭和三五年二月九日出願・同三七年七月一三日公告にかかる特許出願公告昭和三七年第八二二一号公報)、同第一六号証(昭和三三年四月二八日出願・同三六年六月二八日公告にかかる実用新案出願公告昭和三六年第一七一二四号公報)、同第二二号証(昭和二六年六月五日出願・同二七年九月二〇日公告にかかる実用新案出願公告昭和二七年第八二九四号公報)によれば、前記構造は当業者間で技術水準として周知のものであつたと認められる。

そして成立に争いのない甲第四号証の一(引用例意匠登録願)、同第四号証の二、乙第九号証、同第三〇号証(以上何れも引用例意匠登録願に添付された図面代用写真)によると、引用例の意匠登録願に添付された図面代用写真には、背面図、底面図等に上下を誤つて貼付されたものがあるけれども、前記認定の技術水準からみれば、前記図面代用写真からパチンコ球用計数器としての球流通樋および複数個の歯を形成した回転車の一部をその樋の中にのぞませた構造はたやすく把握することができる。また、その平面図、底面図、正面図、背面図をてらしあわせれば、流通樋が角型であることが明らかであり、またその内側断面が角型であることも、平面図、底面図、正面図からみて容易に看取することができる。

三結論

そうすると、本件審決には原告の主張するような違法のかどはないので、原告の本訴請求は失当として棄却すべく訴訟費用について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(古関敏正 宇野栄一郎 舟本信光)

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